尾瀬湿原を歩く

2016.7.12~15 尾瀬沼から尾瀬湿原を山小屋に泊まりながら縦走しました。初めて尾瀬歩きを堪能しました。

大清水(1187m)からブナやミズナラ、サワグルミ、ダケカンバの林を行く。一之瀬(1423m 伊吹山の1377mを超えている)からは本格的山道。十二曲がりと呼ばれる急坂のジグザグを行くと石清水の水場。とても冷たい水で古くから三平峠越えの人々の喉をうるおしてきたという。一息入れて更に急坂にとりつく。ジグザグに折れ曲がりながらようやく勾配が緩やかになる。峠かと思うが、三平見晴で日当たりの良い尾根道を緩やかに登り、再びほの暗いオオシラビソ等の針葉樹林に入って行く。見晴から30分程で三平峠(1757m)に着いた。オオシラビソ コメツガ トウヒなどの高い針葉樹に覆われているので展望はできない。樹陰にエンレイソウ、サンカヨウの大きな葉が見える。三平峠からは木の階段を下って15分程で三平下へ到着。樹間から尾瀬沼がきらきら輝いて見え、燧ケ岳が向こう岸に聳えている。こんな高い所に沼があるという不思議さに本当に驚いた。

この沼の水は沼尻川の水源であり、沼尻川は尾瀬ケ原を経由して日本海へと流れ、一方、三平下の湖畔には取り水口があり、群馬側へとトンネルを通じて大量の水が発電、灌漑につかわれ太平洋へと流れてゆく。尾瀬沼は標高1660m 面積180ha。北に燧ケ岳、南に三平峠、西へは白砂峠を越えると広大な湿原が広がっている。

日本最大の高層湿原である尾瀬ケ原は過去に大きな問題に遭遇しています。

1889年に平野長蔵氏が燧ケ岳を開山し尾瀬沼のほとりに山小屋(長蔵小屋)を開きました。尾瀬の名が全国に広まった大きな問題が生じました。電源開発問題です。只見川の源流である尾瀬沼・尾瀬ヶ原を利用し関東水電 (現在の東電)が水力発電ダム計画を発表し、巨大なダム計画で尾瀬全体が湖底に沈むことに対して尾瀬を愛する人たちが強固な反対運動を起こしました。反対運動の先駆者が平野長蔵氏(1870~1930)でした。自然保護に対して立ちはだかる、業界、行政との闘いの歴史が長く続き今の尾瀬があるのです。幼き者も年配者も自分の足で峠を木道を湿原を歩いて眺めて考えて これからも歩き続けてゆきたいものです。

 

 

 

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